日刊コタノト。

ランニングと「食」を中心とした日々の雑多な記録を綴るノート。

ウチにも掛かってきたワタシワタシ詐欺

オレオレ詐欺ならぬ「ワタシワタシ」詐欺が増えている、という新聞記事を読みました [参考 ▷ オレオレならぬ「ワタシワタシ」 詐欺事件、都内で今年13件:朝日新聞デジタル] 。

実はこれ、先日ウチにも掛かってきて、危うく騙されるところでした。怖い怖い。

掛かってきた電話

電話は2週間ほど前の午前中、従妹 (20代後半。ぼくのいとこ) を騙る女から掛かってきました。母 (50代。母からみたら、姪にあたります。姉の子です) が出ました。

女の言うところでは、

「1年ほど前、友人に誘われてオリンピック関連の投資に手を出したが、2回配当が出て以降、投資会社から連絡がない」

投資信託の元金として、銀行から1,000万借りた。配当で返済するつもりだったので、困っている」

「借金はあと800万残っている。今日中に100万返さないといけない。借りられるか」

ざっとこんな内容で、具体的でした。

誰にも相談していないのか、警察には言ったのか、ということを母が問いただしたところ、

「親にはまだ話していない」

「警察に相談したが、民事は扱えないということで、専門の弁護士を紹介された」

「弁護士と相談している。今日もこれから会いにいかないといけない」

と言ったそうです。電話の音質が悪く、後ろもガヤガヤしていたので、どこから掛けているのか (家の電話なのか、ケータイなのか) と問いただしたところ、

「ケータイの調子が悪く、データもすべて失われてしまった。電話番号がわからないから、ケータイの番号を教えてくれ」

と言ってきたそうです。母は相手の素性については露ほども疑っていなかったので (驚くべきことですが、これには理由があります。後述します) 、あっさりと教えてしまいました。お金は何とか考えてみると言い、また連絡するということで、電話を切りました。

電話の口調から、これはただならぬことが起こっていると察したぼくは、「何かあったのか」と母に尋ね、上述の顛末を聞かされました。

それは大変だということで、ふたりであれこれと話しているうちに、いくつか疑問が浮かんできました。

あとで冷静になって考えてみればおかしなところだらけなのですが、一番引っ掛かったのは「なぜ銀行は、ロクな担保もないはずの小娘に、そんな大金を貸したのか」ということです。

この時点ではぼくも含めて、まさか相手が偽物だとは思っていなかったので、ひどいはなしなんですが、従妹のことを疑いました。たとえば、ヘンな男に引っ掛かって、母を騙すよう、そそのかされたのではないか。思いついたのはそんなストーリーでした。

電話の調子がおかしい、というのも引っ掛かりました。こちらからの連絡を遮断するための方便なのではないか。そこで、試しに折り返し電話してみることにしました。いや、実際のところ「何か行動を起こさなければ」とは思ったものの、電話を掛けてみるくらいしか思いつかなかった、といったほうが自然です。上に書いたように、理路整然と行動を選択できていたわけではありません。

電話はあっさりと繋がり (故障してないじゃないか、とまっさきに思いました) 、3回くらいコールしたのち、従妹 (これは本物) が出ました。

電話壊れてないじゃん、と言ったら、「え、何のはなし?」。これを聞いて、すべてのナゾが一気に解決しました。騙されていたのは従妹ではなく、ぼくたちでした。

よく「疑問が氷解する」なんて言いますけど、あれホントなんですね。頭の中にあったモヤモヤが消え去るときの感覚は、まさに「溶けていく」といった感じで、ちょっと今までに味わったことがない新鮮さがありました。て感動してる場合か笑。

前日の夜にも電話があった!

実はこの前日の夜にも、従妹を騙る女から電話が掛かってきていました。その電話には祖母 (80代) が出ました。

このときのやり取りはイマイチ判然としませんが、祖母は耳が遠いので、相手を確認するために従妹の名を呼びかけたり、あるいは「〇〇 (母の名前) はいまお風呂に入っている」などといって、会話の中で母の名を相手に伝えてしまったのではないかと推察しています。

「風呂から出たら掛けさせようか」と祖母が言ったところ、相手は「明日の朝また掛ける」と言って電話を切ったそうです。

それを伝え聞いた母は、朝、従妹からの電話を待っていた、というわけです。前日の夜に、伏線が張られていたのですね。

オマケに電話を掛けてきた相手は、従妹の名を名乗り、母の名を呼びかけてきたそうです。「もしもし〜、〇〇 (母の名) ?△△ (従妹の名) だよ〜」といったふうに。恐ろしいですね。

人間の心理をついた巧妙な手口

詐欺だとわかってから一連の流れを振り返ってみると、手口の巧妙さに改めて驚かされます。これはタイミングや運次第で、誰でも騙される可能性があるなあと。

たとえば、二度の電話が掛かってきたタイミングは、従妹 (とその家族) がよく電話を掛けてくる時間帯でした。特に夜の電話なんて、親族以外からはほとんど掛かってこないような時間です。このあたりにも、相手を錯覚しやすい土壌があったように思います。

一方で、従妹の家族は近所に住んでいて、電話や往来も頻繁におこなわれています。この点は逆に運が良かった。確認のための電話は、わりと気軽に掛けられましたから。もし遠隔地に住んでいたら、思いついても掛けづらかったような気がします。物理的な近さってバカにできないですね。

まあでも逆に、そんな親密さにつけ込まれたという捉えかたもできるわけで、そのあたりがこの犯罪の卑劣さだなあとも思います。

相手の素性を疑っていない以上、その人物のはなしを疑うということは、家族を疑うことになるわけで、それは人間、誰しも難しいことです (まあ今回ぼくは疑ったんですが笑) 。

はなしのストーリーも、さまざまな感情に訴えかける、実によくできたものでした。

「オリンピック関連の投資」というのはよく聞く詐欺の手口です。まず真っ先に頭に浮かんだのは、何でそんな明らかに詐欺っぽい手口に引っ掛かったんだ、という呆れにも似た感情でした。「騙された!」という人物が目の前に現れると、さらに自分が騙されている、てところまでは考えが及ばなくなるのかな、とも思いました。

母は実際、電話を受けてから真相が発覚するまでにぼくと話しているあいだ、「まったく何をやってるんだ」と何度も言っていました。そこには多少の「怒り」も含まれていたように思います。怒りの感情は、冷静さを失わせます。

母はさらに「やってしまったことは仕方がない」とも繰り返していました。「困っている相手をさらに突き放すようなことはできない」といった「共感」もあったのではないかと察します。

さまざまな感情に訴えかけることで、冷静な判断力を奪い、巧みに誘導していく。考えれば考えるほど、実によくできていて、感動すら覚えるほどです。

つかこれって、映画や小説といったフィクションを組み立てていく過程と、とてもよく似ています。従妹のフリをした演技力も、見事なものです。こんな犯罪に手を染めるくらいなら、作家や役者を目指したらいいのになあとさえ思います (あるいは逆に、作家崩れや役者崩れがお金欲しさに加担してたりして笑) 。

警察へ通報

ケータイ番号を教えてしまった手前、何かあったら怖いので警察に通報しました。

刑事さんによると、もしまた電話が掛かってきたら、「詐欺なんだろ、バーカ」と言って切ってしまえばいいそうです。「バカ」まで言っていいと笑。連中は一日500件くらい電話を掛けているらしく、報復とかそーゆう心配はしなくていいそうです。まずはひと安心。

つかそんなにたくさん掛けまくって、トライ&エラーを繰り返してるわけか……。そりゃどんどん手口が洗練されていくわけだ。

刑事さんは「固定電話にまた掛かってくるようなら、うまく逆に誘導して捕まえられるかもしれないけどなあ」とも言っていました。ケータイだと、いつどこで掛かってくるかわからないので、難しいんだそうです。管轄とかの関係もあるのかな。

ちなみにわが自宅の警察署管内は、都内で最も詐欺被害が多い地域なんだとか。笑えない!

ところで、犯人から再び電話が掛かってくることはありませんでした。はなしているうちに犯人側は「これは脈なし」と判断したのか、あるいは独特の嗅覚で危険を察知したのか。真相は藪の中です。

犯人によっては「ケータイを新しくしたから」と言って、別の電話番号を伝えてくることもあるそうです。その場合、今回ぼくらがやったような「本人への確認」も、難しくなりますね。

そしたら次のステップに進んでしまっていたかもなあ。考えただけでも恐ろしいです (なので、あまり考えないようにしています笑) 。

ストップ詐欺被害!わたしは騙されない!

上述の新聞記事にもあるように、「まさか女が」という思いも少なからずあったように思います。何となくこの手の犯罪って、若い男がやるイメージがありますよね (最近では高齢者が加担しているケースもあるんだとか) 。

人間の脳って、少々はなしがおかしいと感じても、自分の都合のいいように頭の中で辻褄を合わせてしまいます。

今回の例だって、改めて文章にしてみるとおかしなことだらけで、なぜこんなはなしに騙されそうになったのかと自分でも悔しいのですが、実際に体験している「その場」で見破るのは難しい、てこともよくわかりました。

母は家族の偽物を見抜けなかったことに相当ショックを受けていました。思考や感情を弄ばれたことにも憤っていました。もし確認の電話をせず次のステップに進み、お金を騙し取られていたら、それこそ立ち直れないほどだったのではないかと想像します。

この手の詐欺は、人間の心理を弄ぶ、実に卑劣極まりない犯罪なのだな、ということを改めて感じました。

「世の中いろんなところでこんなにも注意喚起しているのに、騙されるなんて愚かだ!自分だけはゼッタイに騙されない!」と、そこまで苛烈に思っていたわけではないですが (母はわりとそう思っていたみたいです笑。だから余計にショックを受けていました) 、ぼく自身どこか油断していたのかなと今にして思います。「誰でも騙される可能性がある」ということの意味が、ようやく腑に落ちた気がします。

自分は騙されない!と固く信じているということは、裏を返せば、そのひとは信じやすいひとだ、ということでもあります。信じやすいひとほど、騙されやすい。用心に越したことはないです。

と言ったところで、有効な対抗策を提示できるわけでもないのが少々寂しかったりもします。

怪しげな電話は相手にしない。お金のはなしが出たらすぐに電話を切る。本人以外にはゼッタイにお金を渡さない。わりとありきたりですが、そんな基本が、大事なのかもしれません。

さいごに

敵は複雑な組織を作って犯行に及んでいるそうです。だったら対抗するこちら側も、社会で連携して防いでいくしかない。今はそんなふうに思っています。

その連携を強くしていく上で、わが家の事例が微力ながら貢献できるかな、という思いもあって、この文章を長々と書いてきました。何かの参考になればいいなと思っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!